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Interview

Lovely Person

さいとう・たかを

A type

このインタビューは2013年に行いました。

インタビューが実現した経緯は、当時、能見正比古・俊賢が運営していた『ABOの会』の会員だった石川フミヤスさん(B型)のお力添えのおかげです。石川さんは、さいとう・たかを氏が結成した「劇画工房」時代から、さいとう・たかを氏とお仕事を共にされており、「ゴルゴ13」のチーフ・アシスタントも務めておりました。

(石川フミヤスさんは2014年11月にご逝去されました。)

 

※インタビューは、市川(AB)、石川フミヤス(B)、松田(O/イラストレーター)が同席して行いました。

ゴルゴはA型しか考えられん!

B型は知ったら楽や!

 

――― とてもお忙しいと伺っていたのに…本日は本当にありがとうございます。いろいろお聞きしたいことを考えていて、まずは、さいとう先生の小さい頃のお話を伺おうと思っていたのです。けれど、ご著書の『俺のうしろに立つな!』(新潮社)を拝読しましたら、そこに詳しく書かれてありました。

お母様がとても厳しかったそうですね。

さいとう・たかを>> そうだよ、母親は明治生まれの男勝りな女で、厳しかったね。

 

――― A型かな、と思いました。

 

さいとう・たかを>> ああ、やっぱりそう思った? A型ですよ。父親はO型だったね。

 

――― そして、先生は相当なガキ大将だったようですね。

 

さいとう・たかを>> え、そんなことないでしょ。(笑)まあ、僕は人と違うことばかり考えていたから。「1+1=2」って教えられても納得できなくて、じゃあ、りんごとみかんの場合はどうなるんだろう?あくまでもりんご1個とみかん1個があるだけなのに何故?という具合にさ。アレは、便宜上そういうルールを作っているだけで、実際はどこまでいっても1と1だ。地図もそうでしょ。本当はスピードで考えたらええんや。東京と大阪間はもっと縮まるし、そうやって地図描いていったら、今の日本地図の形は違うことになっちゃうでしょ。そんなふうだから、学校の勉強なんてオモロないし出来るわけないんや。

 

――― へぇ、なるほど!そういう地図があったら面白いですよね。やはり…普通の人々とは視点が違ったのですね。

 

さいとう・たかを>> とにかく、約束事っていうのが分からんの。娘の孫が生まれて、2年経って初めて会ったんだけど、娘が「お父さんて、孫が可愛くないの?」って云うてね、いや、娘のことだってオレの子かどうか分からんのになあ…孫や、言われてもな。(笑)

 

松田>> ええ~、そんなあ。(泣)

 

さいとう・たかを>> 男と女は違うものなんだからね、そもそも同じ事考える分けがない。だから世の男ってのは、女性たちに合わせてるだけなんだよ。

 

――― 男性の場合は『父性愛』で、それは本能的な母性愛とは違う『人間愛』なんだ、ということがご著書にも書かれてありました。

 

――― 劇画の世界を創ろうと思ったきっかけや、『ゴルゴ13』の誕生についてお伺いしたいです。

 

さいとう・たかを>> とにかく学生の頃は、映画マニアだったよ。一日7本は観てたなあ。僕は映画は、キングコングから始まりキングコングに終わると思っている。リアルでない方がいい、映画なんだから。だけど劇画っていうのは自由に描けるからもう少しリアルでいいと思うんだ。映画の世界観をマンガの世界に持ち込むというビジョンは最初から持っていたよ。

 

――― 学生時代から、すでに「ゴルゴ13」の土台づくりは始まっていたということなんですね。そして制作を分業制にしたことなども、当時は全く新しい発想だったんですね。

 

松田>> 「ゴルゴ13」のストーリーはあんなに次々と、いったいどうやって生み出してるんだろうって、ずっとお聞きしたかったんです。そしたら先日、先生のことがテレビの特集で紹介されていたので拝見しました。外部に脚本家が何人も居たなんて、驚きました。だからいつも新鮮なストーリーで読者を飽きさせないんですね。

 

さいとう・たかを>> もともと、自分はプロデューサーだと思ってるんだよ。手塚治虫先生みたいに全部自分で出来ちゃう天才なんて、そう滅多にいるもんじゃないんだから。これからもっと劇画の世界は広がると思うよ。これからはシニアコミックだよね。

 

――― 非常に力強く、これまで歩んで来られたと思いますが、挫折というのを感じたこともあったのでしょうか?

 

さいとう・たかを>> 上京して国分寺で「劇画工房」を作った頃というのは、実は非常に悩んだ時期だったね。画風も定まらなくて、いろんなタッチで描いていたし。それを周囲に知られまいと必死だった。

 

石川氏>> へえ、私らは、そんなに悩んでたなんて、ちっとも知らないんですよ。どんな画風でも描いてしまうから、えらい器用な人やなぁ、思うてたんです。

 

さいとう・たかを>> そうやろ?(笑)それを隠そうと思って、粋がってたんや。まだ若かったしね、その頃チンピラのナンバくんというのが弟子入りしたんだけど、彼と国分寺をハダカで闊歩したりしてたよ。ある日、挿絵の大御所の工藤市郎さんが「君は漫画を描く為に生まれてきたんだね」と言ってくれて、その一言で開き直ることができたんだ。

 

――― 一旦人生に開き直ったA型の人は、本当に潔くて強いんです。先生もそのタイプのA型なんですね。先生は、血液型の本も出しておられます。血液型に興味を持たれたきっかけは何でしたか?

 

さいとう・たかを>> 自分なりに何となく血液型で違うというのをずっと感じとったんや。だから始めは独自の観察だね、その後、能見正比古さんの本なんかを読んだよ。

 

――― ご自分のA型性についてはどう思われますか?

 

さいとう・たかを>> 自分はA型らしくないところが多くて、最初はO型だとばかり思っていたくらいだよ。だけど今になってみるとつくづく思うよ。こんなに長くコツコツ続けられるのはA型しかおらんなと。

 

松田>>>「ゴルゴ13」は、間違いなくA型ですよね。

 

さいとう・たかを>> ゴルゴはA型しか考えられんな。自分と重ねているところはあるよ。だいたい、自分に一部でも持ってるもんしか描けんのだよ。

 

――― さいとう・たかをプロダクションにはB型が案外多いですね。10名のうち5名はA型で、3名がB型、そしてO型2名です。「A型とB型のチーム」という感じです。AB型は居ませんね。

 

さいとう・たかを>> B型は知ったら楽や!!AB型がおらんな…仲の良かった石ノ森章太郎がAB型だったなあ。

――― (そろそろ1時間になってしまう…)最後に、これらかの若い人たちへ、メッセージなどをぜひお聞かせ頂きたいです。

さいとう・たかを>> 幸せは何かって、みんな思うでしょ。でもぞれぞれ、自分の幸せは違うんや。要するに、同じ境遇に遭っても、自分がそれをどう思うかが大切なんだよ。全部"仮もの"なんだよ、そう思ったら物欲が無くなるでしょ。だからって刹那的に生きるってことじゃなくてね、今起っていることが、たとえどんな事でも、楽しいと思う事が大切なんや、思い方の問題や!

そして、さいとう先生は、同行した若いイラストレーターの松田を見て、「あなたも夢を持って頑張りなさい」と、励ましの言葉とともに熱く語ってくれました。最後にしっかり握手してもらい、彼女は凄いパワーを戴いたと大感激です。

さいとう・たかをビルを出る時は、何だか不思議…私も松田も、何かとても暖かく力強いエネルギーに包まれているかのような気持ちになっていました。

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世の中の風潮や常識に、どう立ち向かうかというのが、そのA型の、生き方のスタイルを決めるのではないかと思います。それを受け入れて、それに沿うように生きるA型もいれば、さいとう先生のように、それに対峙して、新たな世界を築こうとするA型もいます。

そういうA型の人を、「開き直ったA型」と呼んでいるのですが、それはある意味、覚悟を決めたA型とも言えます。

それでもやっぱり、約束した締め切りはきっちり守るところとか、コツコツやり続けるところとか、A型らしさは健在なんですからね。

『ゴルゴ13』というキャラクターは、社会から見れば善とは言えません。けれどその一話一話に、善と悪の境目は何かと考えさせられたり、あるいは、善悪を超えた『ゴルゴ13』の人間愛を垣間見たりして、読者はその奥深い魅力に引きこまれてきたのではないでしょうか。それは、さいとう・たかを先生の魅力そのものとも、重なるのでした。

​本来社会性の強いA型だからこそ、社会の矛盾を見抜く目は鋭く​なるという気がします。さいとう先生は血液型を通して人間を観察することを、既に実践されているのですが、優しく、時おり鋭くも見えたその瞳の奥に、人間に対する深い愛情を感じました。​​

​(後日談)

インタビューを終えて~そしてB型石川フミヤスさんのお話

劇画の『ゴルゴ13』のイメージと重なるせいもあるのでしょうが、さいとう先生にお会いする前は、少し近寄りがたい気持ちを抱いていて、私と松田はドキドキしながら中野のオフィスに訪ねていきました。すると現れたのは、とても優しい笑顔の、柔和な紳士。私たちは一気に緊張が緩んでしまいました。

ソファー脇には「ゴルゴ13」の等身大のパネルが置いてあり、それを見て松田がキャーキャー喜びながら、先生と一緒に写真を撮ってはしゃいでおりました。

中野にある、ビルの工房は、どのフロアもスッキリと片付いていて、スタッフが仕事をしやすいように、それぞれのデスクは適度に仕切られ、幾人かの方々がペン入れなどをしておりました。

対応して下さった女性スタッフさんも、とても親切でした。

何というのでしょうか…この空間。「俺がゴルゴ13のさいとう・たかをだ!」みたいな威圧感は全くなく、特別飾り立てようともしていなくて、どちらかというと、かわいらしい工房です。何だか、いい意味で裏切られた感じでした。世の中に対しては、少々アクの強そうなイメージを与えているさいとう・たかを先生ですが、素顔は、素朴で謙虚で、ちょっぴりファンタスティックなところもあり、少年のような方ではないかな…と、思いました。

それにしても、「1+1=2」じゃない、あくまでも1と1だ。という発想には、頭をスコーンと叩かれた気がして、なんだか奥の深~い真実を語っているような気がします。それから、お孫さんと2年経ってやっと会い…「オレの子か分らんのに…」なんて爆弾発言もあり、家族愛に人一倍憧れるO型の松田は、さぞ胸が揺さぶられたのではないかと思います。しかし、さいとう先生は、ただの暴言で言っているのではないのです。とにかく小さい頃から、人間社会を、誰かに教えられた受け売りではなく、自分の目で見つめてきたという、さいとう先生。

柔らかいのに力強く、繊細なのに安心感を与える、そんな、絶妙なムードを醸し出す先生のカリスマ性は、芯のある生き方をしてきたからなのでしょう。

お時間が許されるなら、本当はもっともっと、お聞きしたいことがあったのですが、とにかく多忙だというのを聞いていました。インタビュー当日も、締め切りの追い込みに入っているとのことだったので、「1時間だけ」と心に決めて挑んだのでした。(サービス精神旺盛なA型なのですから、こちらが無理を言えば、時間がオーバーしても快く話して下さったに違いないのですが、我々としては、そういうA型性を知っているからこそ、制御しなくてはと、言い聞かせたというわけです。)

そして後日、インタビュー記事をまとめて石川さんに読んでいただき、合わせて追加のお話も伺いました。

石川>> 数々のインタビュー記事が掲載されたけど、どうしても同じような内容になってしまうでしょ。なかなか新しいことが聞けないんですよね。

――― それは仕方がないです。とにかくお忙しいですし、限られた時間なのですから。けれど今回は、血液型の話が少し加わったところが普通のインタビューとは違います。ちょっとだけかもしれませんが、さいとう先生の素顔も垣間見れたんじゃないかな、と思います。

石川>> 意外だったことは、「劇画工房」を立ち上げたとき悩んでいたという話しですよ。ボクらは、ほんとに知らなかったんですよ。あの頃はほんと、街の中をね、さいとうと歩いていると、ヤクザの連中なんかも敬礼したりするくらい、威勢よく過ごしていたんですよ。

――― A型ですよね。仲間に心配かけちゃいけないというのもあるでしょうし、弱音吐いてカッコ悪いのも嫌でしょうから。

それはそうと、そんなに忙しくて、お体も大事にされないといけませんよね。

石川>> そうなんですよ、体が心配です。でもね、入院したりしたこともあって、ああ、今回はさすがに無理かなと思ったこともあったけど、ちゃんと締め切りに合わせて退院してきちゃうんですよ。ボクなんかも、一度倒れちゃったんだけど、それからは週に数日しか事務所に行ってなくて、チーフ・アシスタントも今は代わってもらって、だいぶ楽させてもらってるんですけどね。でもさいとうは、「何があっても最後までちゃんと面倒見るよ」って言ってね…。だけどスタッフ抱えて事務所を維持していくのは、そう楽なことじゃないんですよ。

――― それは本当にそうだと思います。ファンの方たちや一般の方たちから見たら、あんなにロングセラーで売れてるんだから経済的には余裕だろうと思ってしまうところがあるんですけど、コツコツと、モノづくりをするような仕事なんですから、皆さんが想像するより、ずっと大変なはずです。そういう中で石川さんは、とにかく最初からずっと一緒にいらっしゃるんですから、さいとう先生にとっては、どれだけ心強くて、大切に思っているか知れませんね。

――― ところで、石川さんのお話も伺っていいですか?

石川>> いやあ、ボクのことなんて、話すことないですよ。

――― そう言わずに…。小さい時から漫画家になろうとか、そういうふうに思っていたんですか?

石川>> それがねえ、全然思っていなかったの。仕事だからやってきたというだけで、好きでやってるわけじゃないんですよ。

――― ええ~?

石川>> 漫画を描くのが好きだと思ったことは一度もないの。でも描けちゃったんですよ。

――― それは珍しいですね。というか、贅沢な才能ですね。だって、描きたくても描けるもんじゃないですよね、こういうのは。

石川>> 周りはそう不思議がるんですけどね、でもボクはなぜかそうなんです。ボクは血液型の話をしたり、研究したりする方が好きなんですよ。

――― わぁ~!!それはあまりに嬉しいお言葉。すると、さいとう先生に出逢わなかったら、能見正比古と一緒に研究していた可能性もあったわけですね。…あ、さいとう先生に言ったら、怒られちゃうかな。

石川>> (笑)

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そんなことを仰って下さった石川フミヤスさん。

時間を見つけては、ご自分の周りの血液型調査を行って、度々情報を送って下さいました。

実はこのインタビュー記事は、会員向けの会報誌に掲載する予定でいましたが、発行が遅れていたところ、石川さんの突然の訃報。それはあまりにも残念な出来事だったので、石川さんの思い出と共に、この記事も封印してしまっていたのでした。

時がたち、やっと今、こうして公開することになりました。

​石川フミヤス様、本当にありがとうございました。

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